2014年7月22日火曜日
2014年7月18日金曜日
再び山笑う
深山奥山だより 7月18日16度 久しぶりの便りはマイマイ蛾の大発生について〓白川村、飛騨地方近辺は大変な事態になっている。しかし高松塚古墳で発見された壁画美人は蛾美人と言われると聞いた。眉毛が蛾の幼虫のようになっている。渦を巻くような眉毛が蛾美人。そう思うとまんざらでもない気がしてくる。大量の幼虫に食べられ裸木になっていた山々が、再び再生し新芽が芽吹き出している。まるで五月の山笑う季節のようだ。今頃は濃い緑一色の山々になっているが緑の濃淡が再び蘇って、自然の力を感じる。やがてさなぎから蛾になって夜には驚く程の光景になるだろう。ヒッチコックの鳥のように〓
2014年6月11日水曜日
2014年5月31日土曜日
埋もれた記録
深山奥山だより 5月31日7度 上滝金山あたりの山並みも緑が日に日に濃くなっている。金山の歴史〓天正十三年以前の記録が欠落している。いうまでもなく、大地震で帰雲城が埋没し、内ヶ嶋氏理の居室のどこかに秘蔵されていた絵図、記録、城郭の内部、地下にあったであろう金銀鉱山物の倉庫も地下に眠ってしまったからだ。いっさいは秘密であった。大名も一個の企業である。機密が厳守できれば、もし戦いに破れても取引できるからだ。金鉱の正確な所在地、採取の方法、産金量、倉庫、工場の場所、主な技術者の名前、住所、いっさいが他国には機密であった。他国ばかりか、城内の人たち、親類でも、あるいは知らされなかったろう。全体をつかんでいるのは、当主と技術者のほか、何人いただろう。〓佐々氏は書いている。
2014年5月24日土曜日
向牧戸城に連なる山々
深山奥山だより 5月23日7度 白川郷は宝の山だった。内ヶ嶋氏は、三代120年、宝の山を懐にして、戦国不在の繁栄を楽しんできた。これから、というときに、何という偶然、何という悲運、戦争ではなく、十六世紀最大の激しい地震と地震によって起こった帰雲山の山崩れで、帰雲城もろとも内ヶ嶋、白川王国は埋没したのである。日本地震資料の年表に、こうある。天正十三年十一月二十九日。山城、大和、河内、摂津、備前、三河、伊勢、尾張、美濃、飛騨、近江、越前、加賀、紀伊、讃岐。越中木船城崩ル、飛騨白川谷ニテ死者三百人、近江長浜、美濃大垣震火、余震年ヲ越エテ止マズ。この同じ地震で京都も大きな被害を受けた。三十三間堂の仏像六百余体がことごとく倒れた、と貝塚日記に記されている。まぼろしの帰雲城より〓
2014年5月22日木曜日
2014年5月6日火曜日
蕎麦屋がイメージチェンジ
深山奥山だより 5月6日0度 式部の庵が更にカントリーの店にイメージチェンジ。ライブの出来る店に又一歩近ずく。イスとテーブルが増えるたびに若かりし頃、銀座に通ったシャンソン喫茶銀巴里を思い出す。今は思い出の中でしか行けなくなって残念〓貴重な体験をさせていただいた。ライブハウス式部の庵へぜひいらしてください。
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