2014年8月29日金曜日
河原の石と鉄筋クラフト
深山奥山だより 8月29日15度 先日 一色川も避難勧告が出て暴れ川となった。堤防のあちこちが決壊したが人家や人命に被害はなかった。後日川の様子を見に行った主人が、思わぬ副産物を拾って帰った。まん丸い石だ〓よほど激しい過去があったのか、角が取れてまぁるくまん丸〓側で見ているだけで 心が和む。弦楽器の鉄筋クラフトの傍らで今は楽しい歌を歌っている。
2014年8月28日木曜日
下駄ならし盆踊り
深山奥山だより 8月28日16度 久しぶりのたよりは、もう秋の足音が聞こえている。8月14日 近くにある踊殿で下駄鳴らし盆踊りが盛大に開催された。少子化で若者が少なく秋祭りの前夜祭の地芝居が無くなってから何年かが過ぎた。その後この一色地域に地域興し協力隊の方が住み着いた。一家で引っ越してみえ、あらゆる事に積極的に取り組んでくださる。有り難い若者の登場によって昔ながらの盆踊りが復活した。そしゃおどらん会が主催し、一色地域にある踊殿で荘川甚句や荘川千本つき、荘川えっさえっさなど、下駄を踏み鳴らして賑やかに開催された。この踊殿はかつて、三島勘左衛門正英が建てたもので茅葺きの屋根下に色とりどりの提灯が飾られ久しぶりの盆踊り唄が聞こえてきた〓勘左衛門さんもさぞかし懐かしんで聞かれた事と思う。
2014年7月22日火曜日
2014年7月18日金曜日
再び山笑う
深山奥山だより 7月18日16度 久しぶりの便りはマイマイ蛾の大発生について〓白川村、飛騨地方近辺は大変な事態になっている。しかし高松塚古墳で発見された壁画美人は蛾美人と言われると聞いた。眉毛が蛾の幼虫のようになっている。渦を巻くような眉毛が蛾美人。そう思うとまんざらでもない気がしてくる。大量の幼虫に食べられ裸木になっていた山々が、再び再生し新芽が芽吹き出している。まるで五月の山笑う季節のようだ。今頃は濃い緑一色の山々になっているが緑の濃淡が再び蘇って、自然の力を感じる。やがてさなぎから蛾になって夜には驚く程の光景になるだろう。ヒッチコックの鳥のように〓
2014年6月11日水曜日
2014年5月31日土曜日
埋もれた記録
深山奥山だより 5月31日7度 上滝金山あたりの山並みも緑が日に日に濃くなっている。金山の歴史〓天正十三年以前の記録が欠落している。いうまでもなく、大地震で帰雲城が埋没し、内ヶ嶋氏理の居室のどこかに秘蔵されていた絵図、記録、城郭の内部、地下にあったであろう金銀鉱山物の倉庫も地下に眠ってしまったからだ。いっさいは秘密であった。大名も一個の企業である。機密が厳守できれば、もし戦いに破れても取引できるからだ。金鉱の正確な所在地、採取の方法、産金量、倉庫、工場の場所、主な技術者の名前、住所、いっさいが他国には機密であった。他国ばかりか、城内の人たち、親類でも、あるいは知らされなかったろう。全体をつかんでいるのは、当主と技術者のほか、何人いただろう。〓佐々氏は書いている。
2014年5月24日土曜日
向牧戸城に連なる山々
深山奥山だより 5月23日7度 白川郷は宝の山だった。内ヶ嶋氏は、三代120年、宝の山を懐にして、戦国不在の繁栄を楽しんできた。これから、というときに、何という偶然、何という悲運、戦争ではなく、十六世紀最大の激しい地震と地震によって起こった帰雲山の山崩れで、帰雲城もろとも内ヶ嶋、白川王国は埋没したのである。日本地震資料の年表に、こうある。天正十三年十一月二十九日。山城、大和、河内、摂津、備前、三河、伊勢、尾張、美濃、飛騨、近江、越前、加賀、紀伊、讃岐。越中木船城崩ル、飛騨白川谷ニテ死者三百人、近江長浜、美濃大垣震火、余震年ヲ越エテ止マズ。この同じ地震で京都も大きな被害を受けた。三十三間堂の仏像六百余体がことごとく倒れた、と貝塚日記に記されている。まぼろしの帰雲城より〓
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