2013年3月18日月曜日

伊豆七島風土細覧

深山奥山だより 3月17日マイナス7度 春の彼岸の入り〓 勘左衛門が新島在島中に書いた本に伊豆七島風土細覧記がある。その一節によると〓島では男も女も酒を好むこと日照りに雨降る事を欲するごとく、邂逅来航の便に、国地の清酒を積来たれば、目の瞳に替えても是を飲みたがり、船場へ集まり来たり、紬、八丈縞の小切れなどを持て、船をあげるやあげざるに、争い代替て、そのままただちにひっかくる。酒といえばいかようの悪酒にても、舌に味ふすきのなければ、酒の良し悪しも知る事なし。それゆえ、新島の船頭八丈御用に渡る節は、東国の鬼ころしといふ厳酒を積行て、縞きれにしろかへ帰る。八丈へ往返すれば、格別の大利を得るとて、御用とさえいえば、われ先に争い望む事なり。かほどに酒を慕い溺るれども、貧乏人は生涯国方の美酒を飲むこと成らざるにより、年中作り上げし米をはじめ、粟も黍きびももろこし蕃藷の類も、あるかぎり酒に造りてどぶ酒と号し、家々に寄合て、絞るにもおよばず粕とともに大椀器にて無息に飲み干す。
面々我家を出る時は、鍬鍬くわすきをかたげ、或は斧鉈おのなたを持て耕樵の身振して出るといへども、酒ある所へ寄り集り終日濁酒にて宴酔し、飲み酔ふときは節もなき歌をうたひ、手足の乱拍子の踊りを面々に跳ねおどる。多くは焼餅踊とて、扇か団扇うちわを持て焼餅するときの身振りして踊り狂ふ。夕方になれば鍬や鍬に土をぬり、あるひは人の薪たきぎを借り背負て、何くわぬ顔して、汗を拭ふ真似して家路に帰る〓当時の島での暮らしぶりが手に取るようにわかり面白い〓勘左衛門さんはそれを暖かな眼で観察しながら記していたのだろう。

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